能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

羽衣(はごろも)解説

シテ:天人     ワキ:漁夫白龍     ワキツレ:漁夫(2人) 
作者:世阿弥(一説)     出典:近江国・丹後国風土記逸文     各地の羽衣伝説

あらすじ

(近江国・丹後国風土記逸文では)
近江国風土記逸文……伊香郡与胡(余呉)郷の伊香小江に、8人の天女が白鳥となって降りてきて、水浴びをします。伊香刀美(いかとみ)という人が、遥かにこれを見て、密かに白犬をやり、天衣を盗み取り、年若い天女の衣を隠しました。姉7人は天上に飛び去りますが、妹一人が帰れなくなり、地民(地上の人)となります。天女は伊香刀美と一緒になり、二人の男と二人の女を産みます。これが、伊香連氏(いかごのむらじし)の祖先です。後に、天女は羽衣を探し出して、天に昇ったということです。
丹後国風土記逸文……丹波郡比治の里にある、比治山頂の真奈井という泉に8人の天女が舞い降り、水浴びをします。ここに老夫婦が来て、こっそりと天女一人の上着と裳を隠してしまいます。7人の天女は天上に上がりますが、乙女一人が、体を泉に隠して恥らっていました。天女は老夫婦の子供となって十年余になります。この間、天女は万病に効く酒を造り、財産を蓄積し、老夫婦に与えたため、家は豊かになります。すると、老夫婦は天女に「お前は私の子ではないから出て行け」と言うようになりました。天女は、今更天に帰れないと各地をさまよい、竹野郡船木の里の奈具の村に留まりました(社に鎮座しました)。豊宇加能売命(とようかのめのみこと)のことです。
(能のあらすじ)
駿河国三保の松原に住む白龍という漁夫が、今日も連れ立って釣りにやってきます。浦の景色を眺めていると、空に花が散り、音楽が聞こえ、いい香りがしてきます。見回すと、松の梢に美しい衣が掛かっています。家の宝にしようと思い、持ち帰ろうとしますと、一人の女性が現れ、私の衣なので返してほしいと頼みます。そして自分は天人で、衣は天の羽衣で、人間が持つものではないといいますと、白龍はますます喜び、返そうとしません。天人は、羽衣がなければ天に帰れません「天の原 ふりさけ見れば 霞立つ 雲路まどひて 行方知らずも」と謡い、空に行く雲を羨み嘆きます。白龍は、天人が可愛そうになり、天人の舞楽を見せてくれたら衣を返そうと言います。天人は喜んで承知し、まず羽衣を返してほしいといいます。白龍は、先に衣を返すと、舞楽なしで帰ってしまうのではと心配しますが、疑いは人間にあり、天上には偽りは無いと言われ、恥を知り衣を返します。天人は羽衣をまとい、月宮殿の天人の生活の面白さや、春の三保の松原の景色を称え、駿河舞を舞いながら、天上へと帰っていきます。
(おわりに)
羽衣伝説は各地にありますが、最古のものとしては、滋賀県余呉湖を舞台とした「近江国風土記逸文」のものと、京都府京丹後市を舞台とした「丹後国風土記逸文」と言われています。これらの伝説が、各地に広まり定着していったのだと考えられています。さて風土記は、奈良時代の初期に全国で書かれたものですが、出雲国、播磨国、肥前国、常陸国、豊後国の5つが写本で現存しています。その他の風土記にも、別の書物に転載されて一部が伝わっているものがあり、これを“逸文”と呼んでいます。

植垣節也校注・訳「新編日本古典文学全集・風土記」小学館刊を参考にしています
(文:久田要)