能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

采女(うねめ)解説

前シテ:尉      後シテ:在原業平      ワキ:蘆屋公光      ワキツレ:従者(2~3人)      アイ:北山辺の者
作者:世阿弥(一説)      出典:「伊勢物語」第6段 源氏物語・花宴帖 他

あらすじ

(伊勢物語・源氏物語では)
「伊勢物語」は「在五が物語」とも云われ、在原業平一代記といわれています。従って、物語りに出てくる「男」とは即ち業平本人と考えられています。在原業平は平城天皇の第一皇子・阿保親王の第五子で本来皇籍の方ですが、親王の上表で臣籍降下し、在原氏を名乗っています。六歌仙の一人でもあります。美男の誉れ高く、色々と浮名を流します。しかし、55代文徳天皇の後継問題にからみ、藤原良房の推す惟仁親王(清和天皇)と対立する惟喬親王の身内(惟喬の母紀静子は業平の妻の父親の妹=井筒に登場する有常の妹です)でありながら、清和幼帝の婚約者の藤原高子(二条の后)と恋愛問題をおこし立場を悪くしてしまいます。本曲はまさにその時代を背景としています。
二条の后がまだ若く、普通の身分の時代です。男(業平)は何年も求婚しても許されず、女を盗み出して芥川のほとりに連れていきますが、雨雷がひどく、荒れ果てた蔵に女と入り戸口を守ります。しかしそこは鬼の棲家、女は鬼に食われてしまいます。しかし実は、女の兄弟の堀河の大臣と太郎国経が女を取り返したのだと記されています。
源氏物語では、桜の宴の果てた後、光源氏は憧れの藤壺に会おうとしますが、うまくいきません。何気なく向かいの弘徽殿(こきでん)を見ますと、戸が開いており、ふと中に入って弘徽殿の女御の妹(朧月夜の君)と関係してしまいます。このこともあり、光源氏は官位を剥奪され、須磨・明石へと都落ちします。
研究者によると、源氏物語は多分に伊勢物語の影響を受けていると云われています。
(前場)
蘆屋の公光(きんみつ)は幼少から伊勢物語が愛読書です。ある夜、業平の霊夢を見、供と一緒に都の雲林院に出かけます。雲林院に着いた公光は今を盛りの桜の一枝を手折ります。すると老人が現れ公光を咎めますが、公光は、どうせ散る花ではないかと反論します。老人は、花に憂きは嵐、それも花だけを散らせ、枝までは折りませんと、古歌を交えて諭します。
公光は伊勢物語の草子を持った業平と紅の袴の二条の后が雲林院にいる夢を見たため参ったのだと話します。すると老人は今宵は此処に臥して夢を待っていなさいと云い、自分が業平だとほのめかして消えていきます。北山辺に住む者が来て、業平や伊勢物語のことを話します。
(後場)
公光と従者は袖を片敷き眠っています。やがて業平の霊が昔話をするために現れます。光源氏の弘徽殿(内裏の局の一つ)の話を仮借して、二条の后を連れ出し、花の散り積もる芥川への恋路を語ります。そして昔を偲んで夜もすがら、舞を舞いますが、やがて夢も覚め、業平の姿も消えていきます。
(おわりに)
話にある芥川は、摂津国三島郡(大阪府高槻市)の芥川といわれていますが、確証はありません。

石田穣二訳注「新版伊勢物語」角川文庫刊を参考にしています
(文:久田要)