能楽師|久田勘鷗|HIDASA KANOH

井筒(いづつ)解説

前シテ:里女      後シテ:有常の娘      ワキ:旅僧      アイ:里人
作者:世阿弥      出典:「伊勢物語」第23段 第16段   「大和物語」 第149段

あらすじ

(伊勢物語では)
まずは人物紹介をします。有常とは紀名虎の子、紀有常のことです。紀氏は古代より続く名門貴族ですが、この時代、皇位継承争いに絡み、藤原良房の強引な政策に敗れ、主流から外れてしまいます。能には直接登場はしませんが、在原業平(ありはらなりひら)は平城天皇の第一皇子・阿保親王の第五子で本来皇籍の方ですが、親王の上表で臣籍降下し、在原氏を名乗っています。「伊勢物語」は「在五が物語」とも云われ、在原業平一代記といわれています。また、後の「源氏物語」にも多くの影響を及ぼしています。
紀有常の娘と在原業平は子供の頃より一緒に育ち、井戸の所でよく遊んでいました。成人になっては互いに顔を合わせるのを恥ずかしく思っていましたが、お互いに夫に、妻にと思っていました。男から詠み送った歌「筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに」女の返し歌「くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき」。二人が結婚して何年かたつうちに、妻の親が亡くなり、生活も貧しくなったのを期に、男(業平)は河内の高安に女をつくり通うようになります。それでも、妻は男を憎む様子もないので、男は、他に男がいるのではと疑い、植込に隠れて見ていると、妻はきれいに化粧して「風吹けば 沖つ白波 龍田山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ」と詠んだのを聞いて、自分の身を案じてくれるこの女を、この上なくいとしく思い、河内へも行かなくなってしまいます。
(前場)
旅僧が長谷寺へ参る途中在原寺を訪れ、業平と妻の有常の娘を弔います。すると一人の里の女が現れ、水を汲み、塚に手向けています。僧が問うと、自分は詳しいことは知らないが、業平の塚なので花水を手向けているのだと云います。僧がなおも問うと、業平は有常の娘と、浅からず契りながらも、河内高安の里の女の許に通っていたが、妻が自分の身を案じた歌を詠むのを聞いて、真心を感じて通うのを止めたことを話します。また、幼い頃、井戸のそばで遊んでいた業平と有常の娘が、成人して歌を詠み交わして夫婦となったことを話します。そして自分は有常の娘といい井筒の陰に消えていきます。
僧は夢の出会いを期待して仮寝をしています。
(後場)
井筒の女の霊が、業平の形見の冠直衣を身に着けて現れ、舞を舞います。そして我が姿を井筒の水に映して、業平の面影を懐かしみますが、夜明けとともに姿は消え、僧の夢も覚めました。
(おわりに)
第16段には、紀有常は若い頃には羽振りがよかったのだが、御代がかわり、時勢に取り残されて落ちぶれてしまった話があります。有常の妻が出家し家を出て行くのに、何の準備もしてやることができず、友達(業平)に泣きつき、夜具にいたるまで一式整えてもらいます。現代のように生活保障のない時代、貴族といえど厳しいものがあります。

石田穣二訳注「新版伊勢物語」角川文庫刊を参考にしています
(文:久田要)